「ものがたり」(北村薫)

暗号のようなやりとりを、受け止め合っている二人

「ものがたり」(北村薫)
(「日本文学100年の名作第8巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第8巻」

「ものがたり」(北村薫)
(「水に眠る」)文春文庫

「水に眠る」文春文庫

大学受験のために
七日間上京していた妻の妹・茜が
今日帰るという。
TVの番組製作に携わる耕三は、
この間ずっと仕事続きで
顔を合わせていなかった。
耕三は朝食を食べながら
茜の話を聞くが、
茜は自分の考えた物語を
話し始める…。

難しい小説です。
初読のときは何を書いているのか
よく理解できませんでした。
文章が難解なのではありません。
筋書きは主人公が、
ほとんど会ったことのない義妹から
自作の物語の筋書きを
聞かされるという、
ただそれだけのものなのです。
登場人物も
三人(作中話の部分を除いて)。
うち妻・百合子は
早々に退場しますので、
実質は耕三と茜の会話が主の
筋書きなのです。
再読してわかりました。
深い、深い「ものがたり」です。

茜の語る「ものがたり」は、
ある侍とその義妹との話です。
娘(義妹)はある秘めた想いがあり、
嫁入りを断る。
本人の意志など
無関係の時代だったため、
娘は自らの顔に切り傷を付けてまで
破談にする。
ある日、その娘の噂を聞きつけた領主が、
鷹狩りの帰りに理由を付けて
その娘の家に泊まる。
領主は家族の了解のもと、
娘の寝室へ忍び込む。
しかし娘は領主に手向かいし、
娘は姉の嫁ぎ先へと駆け込む。
その結末についての耕三と茜の
やりとりを描写し、
本作品は幕を閉じるのです。

最後の場面の、
耕三と茜の会話のみを抜粋します。
「-娘と侍は、
 一度視線を交わしただけです。
 《姉に会いに来た》と、
 侍は思うのでしょうね」
「そう……思われたら、
 娘は死んでも死にきれないだろう」
「それでは侍は-」
「何も言えないだろう」
「今まで会わなかった。
 これからも会わない。
 それなのに、いえませんか」
「いいかい。-いえないんだよ。
 それで十分じゃないか」

娘は姉が嫁いだ先の侍に
思いを寄せていたのでしょう。
だから嫁入りを拒み、
そして領主に手向かいすることを
「侍に会いに行く口実」とまで
考えることができたのです。
侍もまたその思いに
気づいていたからこそ、
「何も言えない」と考えるべきだと
耕三は諭すのです。

茜の語る時代劇の義妹は、
自らを模しているとしか
考えられません。
茜もまた耕三に
想いを寄せていたのでしょう。
だからこそ大学受験を口実に
姉のマンションに泊まることを
希望したと考えられます。
耕三もまた、
茜のことが気になっていたのでしょう。
だからこそあえて仕事をつくり、
会わずにすむようにしていたのだと
推察できます。

耕三と茜の心情は
まったく描かれていません。
事実のみが
淡々と記されているだけなのです。
直接話すことのできない思いを、
茜は自ら編んだ「ものがたり」に託し、
耕三はその批評に表す。
それでいて、
その暗号のようなやりとりを、
お互いにしっかりと
受け止め合っているのです。
だからこそ、
二人のどうしようもない思いが、
胸に突き刺さるように
迫ってくるのです。

これこそ短篇を読む面白さです。
一断片を提示しながら、
その前後と奥底にある筋書きの深さを
十二分に味わわせてくれます。
表題どおりの名作揃いのアンソロジー、
その第8巻の中でも最高の傑作です。
ぜひご一読ください
(一読ではなく何度も
噛み締めていただきたいと思います)。

※本作品の素晴らしさの1%すら
 伝えることができていない
 自分の文章能力の低さに
 歯がみする思いです。

〔「日本文学100年の名作第8巻」〕
1984|極楽まくらおとし図 深沢七郎
1984|美しい夏 佐藤泰志
1985|半日の放浪 高井有一
1986|薄情くじら 田辺聖子
1987|慶安御前試合 隆慶一郎
1989|力道山の弟 宮本輝
1989|出口 尾辻克彦
1990|掌のなかの海 開高健
1990|ひよこの眼 山田詠美
1991|白いメリーさん 中島らも
1992| 阿川弘之
1993|夏草 大城立裕
1993|神無月 宮部みゆき
1993|ものがたり 北村薫

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〔「水に眠る」〕
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